三島由紀夫と古典劇

能作品、綾鼓の意義と現在の能作品の受容について三島由紀夫を通して考察する。 綾鼓では女御に惚れ込んだ老人が鳴るはずのない綾鼓を鳴らすことができれば、女御の姿を見ることができるという内容の作品である。しかしこの作品があまりに残酷なのは綾鼓がど…

石原吉郎における 「個人と集団」

1942年ソ連内務省軍によって逮捕され、1953年まで強制収容に収監された(注1)詩人、石原吉郎の「個人と集団」の問題ついて考察する。 石原吉郎における単独者の概念について思考する時「ペシミストの勇気」の存在を無視することはできないだろう。ペシミスト…

衣服の意味

アダムとイヴとは旧約聖書『創世記』に記された、最初の人間である。この二人をテーマにした芸術作品は数多い。いくつか例を挙げれば、絵画では、ミケランジェロ(1475-1564)による「アダムの創造」と「イヴの創造」(1508-12年、ヴァチカン、システィーナ礼拝…

アクアリウムの夜 両義性の反復と境界の消失

この作品は信用のおけない登場人物の語り(=両義性)の反復によって成立している。主人公とともに「カメラオブスキュラ」に訪れた高橋は作中内で霊界ラジオ(ラジオのホワイトノイズから言葉を聞き取るというもの)に夢中になる。彼は発狂して精神病院に収容…